母校、仲間、そして監督 【ユイマール精神・地元沖縄】

ポットンけんいち

沖縄へ戻った。
やはり沖縄へ戻ってくると、何か雰囲気が違う。

空が青い、空気がいい、穏やかというか、いい加減というか。
会う人、会う人がユイマール※なのだ。

※ユイ(結い、協働)+マール(順番)の意で、順番に労力交換を行なうこと、相互補助と訳される

いざ母校・興南高校へ

僕は、沖縄県にある私立興南高校ボクシング部出身である。
その母校である興南高校へ帰った。
正門、体育館いろいろと思い出が深い。

ボクシングジムへ行った。
我々のジムは、「ウインナージム」といい那覇市首里にある。
本当は「winner 」のつもりなのだが、、、。
やはりボクサーは殴られた影響からか些か不自然。
これだとウインナーソーセージをイメージしてしまう。

懐かしいジムのにおいと思い返される記憶

久しぶりにジムに入った。
空気が違う。物凄い熱気、汗の匂い、血も飛び散る。
あ〜懐かしい、このにおい。

後輩達が、スパーリングという実践練習をしている。要は、殴り合いだ。
そこに、監督の檄が飛ぶ「前に出ろ」「手を出せ」「自分から行け」 興南高校ボクシング部と言えば泣く子も黙る、全国トップのレベルの名門校だ。
過去に40名を超える日本チャンピオンを輩出し、ボクシング王国を礎となったところだ。

僕は、見て感じた。
半端じゃない練習。滅茶苦茶に厳しい。
スパーリングから、ミット打ち、そしてサンドバック。その上、サウナレベルのジムの気温。
でーじ(very)超やばいでハードなトレーニングだ。
高校生レベルでこんな厳しい練習をしている。

僕は、思い出した。僕も昔、同じくここで。今、目の前でやっているこんな辛い練習を。同じ練習を自分もやっていたのだと。何か込み上げてくる熱いものがあった。

現役高校生 vs OB(僕)の行方は・・・?

その日は、僕が沖縄に帰ってきたこともあり、ボクシング部時代の同級生がジムに集合して、 後輩達と合同スパーリング大会をしようという計画があった。
つまり、現役の高校生と我々OBが対決するのだ。
監督は「胸を貸してやれ」というのだが。
みんな引退して相当時間が経過している。当時の体とは違う。僕もずっと勉強ばかりしているガリ勉君だ。殴られのだって嫌だ。という感覚だった。

しかし、驚いた。
みんなそこそこ動くし、後輩に負けじと根性を出して戦っている。しかも、上手い。
高校時代の仲間の動きの癖や特徴が懐かしい。
スタミナは、当然落ちているが、若かりし時に身につけた腕前は衰えていない。
「昔取った杵柄」ということか。

高校生といえども、興南高校の高校生は尋常でなく強い。
全国高校ランキング上位のボクサーばかりだ。
僕も、2Rほどスパーリングをやった。
顔を殴られる感覚、高校生の向かってくる殺気。何もかもが懐かしい。

結果は、ボコボコにされたが、少しだけ体が覚えていた。
ブロック、ダッキング、リズムをとって中に入ってボディー打ち。
監督が言っている檄が自分に言われているように感じだ。
苦しかった。けど、最高に、楽しかった。

自信とやる気を取り戻した瞬間

ここで、僕は、目が覚めた。
僕は、ここで、こんな厳しい練習を耐えたんだ。
もっと自信を持っていい。
こんなことができるなら、なんでもできるだろう。自信を持て。
お前こそ「前に出ろ」「手を出せ」「自分から行け」なのだと言われているようで。
頭をガッツーンと叩かれたようで、だけど、力が抜けたようで、なんだか笑えてきた。

そして、「昔取った杵柄」。
俺みたいな素質のないボクサーでも、現役の高校生相手にここまで動ける。
そうだ、 今、苦労して勉強した法律知識は、無駄にならない。
今後必ず役に立つだろう。

練習が終わり、そのまま、シャワーを浴びて、監督の住宅にて食事会をすることになった。
久しぶりに恩師、監督の話しを聞く。
高校時代、監督からの熱い言葉を思い出す。

続く

ポットンけんいち
【L-Base|エルベース】沖縄県宜野湾市大謝名のシェアオフィス&コワーキングスペース
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